2005年12月12日16時45分頃、あの子は虹の橋へ旅立っていきました。
17歳と3ヶ月でした。
私が小学校6年生の10月。
残念ながら日付までは覚えていません。確か日曜日でした。
父が「犬ほしい?」と尋ねてきました。
知人の家で子犬が産まれた言うのです。
その頃はどちらかと言うと猫派だったのですが
小さい頃から動物は大好きだったのですぐに車を走らせ父と二人で喜んでもらいに行きました。
4頭生まれたうち2頭の男の子は既に引き取られていて
残ってたのは女の子2頭。
全身茶色いのに尻尾の先が白いあの子に決めました。
ちなみに首の後ろと4つの足先も白いです。
まだ歯も生え揃ってなかったし私の膝に全身が乗るくらい小さかったので
恐らく3週間くらいだったのでしょう。
実は誕生日も知りませんが9月の前半か半ば頃に生まれたのではないでしょうか。
その日、出掛けていた母は
帰宅して突然子犬が居るので驚いていましたが
もう家族総出でかまいまくったのを覚えてます。
家具の奥の方に隠れてしまってなかなか出てこなくて
みんなで「おいで!おいで!」と必死に声をかけました。
あの子が来てすぐ、自転車のかごにあの子を入れて遠く離れたペットショップに
ご飯や水用の器を買いに行きました。
初めての器は水色でスヌーピーの柄。
あの頃はペットショップも少なかったので
自転車で30分以上も離れたペットショップです。
我が家に来て数日は寂しさからか
明け方になるときゅんきゅん泣いてました。
はじめの2日は起きて抱っこしに行きましたが
それ以降は小学生で更に根気の無い私には起きることが出来ず
放っておいたら夜鳴きはなくなりました。
あれで良かったのかなぁ…。
私も子供だったので写真に収めるなんて知恵もなく
あの子の子供の頃の写真が殆ど無いのが悔やまれます。
唯一の子犬写真は3ヶ月くらい経ってから。

年をとったら真っ白になってしまった口元が
この頃はまだ真っ黒!
今でこそ自他共に認める犬好きの私ですが
実を言うと、あの子には本当に申し訳ないことをした、という思いしかありません。
はじめの数ヶ月は珍しさと嬉しさでかまってましたが
それ以降はあまり気に留めてませんでした。
私があまりに世話をしないので
一度は田舎の方に住む父の知人に譲るという話が出たくらいです。
その時、私は号泣して抵抗したのにもかかわらず
中学、高校にかけて面倒は殆ど父が見ていました。
私は部活なんかもしてなくて毎日だらだら過ごしてただけなのに
父は60過ぎてるのに片道2時間かかる会社から帰ってきてから
あの子の散歩をしてました。
そして昔から犬を飼っていた両親の意向が「犬は外で飼うもの」だったので
暑い夏も寒い冬もあの子はずっと外の犬小屋。
(もちろん季節により犬小屋の場所は過ごしやすい場所に移動しましたが)
庭に放し飼いにしてしまうと塀を乗り越えてしまうので勝手にどこかに行ってしまうので
結構な金額をかけて柵をこしらえたのですが、それすらも乗り越えてしまったので、つなぎっぱなし。
当たり前ですが毎日ご飯も散歩もしてましたし、専業主婦の母がたまに遊んでましたが
あの子は殆ど一人で居ました。
私は「犬を飼う」ということの知識も心構えも全く持っていませんでした。
本当にお恥ずかしい話です。
大学に入り一人暮らしをする様になってから
あの子を大事にするということが、ようやく分かり始めました。
あの子をちゃんと我が家の犬、として可愛がり出したのは
あの子がもう8歳か9歳になろうとするころからの話です。
そしてその頃からだんだん老化現象が見られてきました。
放り投げたおやつの空中キャッチが百発百中だったのに
それができなくなりました。
目で追いきれなくなったんですね。
落ちたものを拾って食べるだけ。
晩年はもう頭にぶつかって「イテ」みたいな顔をしてました。
散歩のとき始めの数分ものすごい引っ張るのですが
それもなくなりました。
塀を乗り越えて脱走が出来なくなりました。
それからはリードをはなして庭で放し飼いに出来ました。
私が家を出る最後の年の冬は毎晩私の部屋で一緒に寝てました。
ずっと外で暮らしてたので
長い時間、家の中に居るのを嫌がる子だったのですが
電気を消すと一緒に寝てくれるんですよ。
あの子用に使い古したぺたんこの座布団を与えてたのですが
気が付くと私の布団の上に居るんです!
ふかふかな場所が分かるんですね。
目覚ましがなっても寝てるので私に起こされたりして。
晩年、15歳を過ぎてからだったでしょうか…
季節の変わり目の5月や10月頃、必ず体調を崩すようになりました。
前兆はお座りの指示をしてもお座りをしなくなる。
そして数日間ご飯を食べなくなり、下手をすると水まで飲まなくなったり。
そのたびに獣医へ連れて行き、栄養剤をもらったり注射をしてもらったり。
本来は抱っこが大嫌いな子でしたが
その時は弱っていたので抵抗しながらも抱っこさせてくれました。
あんなに力の強かった子がこんなになって…、と
それが悲しくて泣いたりもしました。
でも重かったので筋肉痛になったり。
それも今となってはいい思い出です。
そして昨年の5月、またお決まりのように体調を崩してから
ガリガリに痩せてしまい体重が戻らなくなってしまいました。
もう骨と皮だけ。
あばら骨が浮いて見るも無残な姿。
その時は無理を言って会社を1ヶ月休ませてもらいました。
その体調不良の時期が過ぎると
ガリガリのままではありましたが、
また元気にガツガツご飯を食べるようになったし
暑かった去年の夏も無事乗り切れたのでこのままいくかと思ってたのですが…
夏が過ぎ、体調を崩す10月もそれほど体調を崩しませんでした。
しかし血便が酷くてドッグフードが食べられない。
5月以降は豚肉をゆでたものを与えてました。
缶詰は脂が多くて老体には厳しいそうです。
ガリガリに痩せてるので足取りもフラフラ。
散歩用のハーネスもブカブカ。
庭で歩いてても、すぐしゃがんでしまう。
落ち着きが無くて家族を見ると飛んできたのに
ぼんやりしてることが多くなった。
それでも私が帰ると、挨拶をしようと小屋から出てこようとしてくれました。
私は数年前から実家を出て、東京に住んでいたのですが
詩吟を横須賀で習っていたし、あの子に会いたくて
月に2〜3回、4日間くらいずつ横須賀に帰ってました。(帰りすぎ)
11月の半ばに帰った時、あの子の顔がなんだかおかしかった。
母は毎日見てるので気づかなかったそうですが
浮腫んでるというかなんというか。
そして亡くなる数日前、
いつものように庭をフラフラと歩くあの子の姿を見て
ふと
「この子、明日か明後日か分からないけど、もう近いな」
と直感しました。
こんな直感はずれて欲しい。
わりと勘は鈍い方なのですが、何故かそう感じてしまったのです。
それが木曜日。
金曜日、様子がおかしくなりました。
前日までガツガツご飯が食べられてたのに
もう自力で立てない。
その日から家に入れました。
両親も分かっていたのでしょう。
土曜日、明け方に鳴き声をあげていたのですが
今まで聞いたことのない、力の無い声。
そして水も自分で飲めない。
蜂蜜を水で溶いたものが良いと獣医さんに聞いたので
私がスポイトで数時間おきに飲ませました。
老犬を見取ったことのある幼馴染に何度もメールをして相談にのってもらいました。
彼女のお母さん曰く
「そのうちスポイトでも飲めなくなるよ」と。
オムツをはかせました。
何度も「頑張れ」と言いました。
久しぶりに同じ部屋で寝ました。
日曜日、この日はどうしても出席しなければならない詩吟の会があったので
昼過ぎまで外出していたのですが
もういてもたっても居られませんでした。
帰宅後すぐに獣医に連れて行き
下痢止めの注射だけしてもらいました。
栄養剤を打っても、もうこの子の体には負担になるだけだと。
獣医さんは「老衰ですね」と仰いました。
力もなくもう自力で立てないのですが
1時間おきくらいに足をバタつかせて立とうとするんです。
夜中でも。
何度でも起きてあの子を支えて立たせてやりました。
若い頃はすごい元気だったんだもん。
走りたかったんだよね。
でも鼻が床についてる状態。
もう首を持ち上げる力も無いんだね。
そして幼馴染のお母さんの言うとおり
水を自力で飲み込むことができなくなりました。
スポイトで口に水を差し込んで、喉をさすって飲み込めるように促してやりました。
はじめはそうすると、どうにか舌を動かそうとしてましたが
次第にそれも出来なくなり
何度もこぼした水を泣きながら拭きました。
何も食べてなかったので、せめてこの蜂蜜水だけでも飲んで!って。
じゃあないと死んじゃうから、って。
あの時は万が一の可能性にかけていたのかもしれません。
もしかしたらまた元気になるんじゃないか、と。
月曜日、とてもいい天気でした。
その日はあの子の居る部屋でぼんやりテレビを見たり絵を描いたりして過ごしました。
午前中あの子を抱いて
よく散歩したうちのすぐ裏にある公園に行きました。
元気な頃は
この公園で私を引っ張って歩いてたあの子が
あんなに気が強くて抱っこが嫌いだったあの子が
私の腕の中でオムツをはいて虚ろな目をして力なくぼんやりしてる。
昔は「抱っこしたいなー」なんてよく思いましたが
あの子を抱っこすることがこんなに悲しいことだなんて思いませんでした。
まだ数時間おきに足をバタバタさせるんですけど
それが辛そうで…
今までは母も私も「頑張れ!」って言ってたのですが
もう可哀想で仕方が無かったので
「もういいよ、頑張らなくてもいいよ、お前が逝きたいときに逝っていいよ」
と言ってやりました。
夕方、オムツがなくなりそうだったので車で買出しに行きたかったのですが
あの子を一人にしたくなかったので
母にはバスで買い物に行ってもらいました。
母が出てすぐ、また足をバタつかせたので
あまり寝てないしずっと気が張ってたので少し疲れてましたがまた抱きに行きました。
しばらくすると私の膝の上で軽く痙攣をし
苦しそうに茶色というか黄緑というか、なんだかおかしな色をしたものを吐き出しました。
数日間何も食べてなかったのに。
背中をさすりながら
「全部出しちゃいな、悪いの全部出してよくなりな」と声をかけました。
すると、
この数日は焦点の合わない目で
ぼんやりしてたのですが
吐き出してすぐに目つきが変わりました。
魂の抜けた目です。
あんなにぼんやりだったけど生きてる時の目の死んだ時の目は全然違うんです。
人間も死ぬと表情が変わりますものね。
犬もそうなんですよ。
信じられず心臓に耳を当てたら
気のせいかもしれないのですが
「コクン」という最後の鼓動が聞こえたような気がしました。
母の携帯電話にすぐ電話して「もうオムツ必要なくなったよ」と告げました。
買い物に行かなくて本当に良かった。
最期の夜、いつも使ってた毛布と一緒に箱に入れてやり、質素なお花を添えました。
質素な典型的日本の雑種のあの子らしく。
そして初めてあの子の絵を描きました。
あと肉球スタンプをとりました。
今までは暴れん坊で仕方なかったけど全然動かない。
当たり前ですよね、死んでしまったのですから。
ずっと母も私も「お前は頑張って生きなきゃいけないんだよ」と言ってたので
本当は5月に死んでたのかもしれないけど
頑張って生きててくれたのでしょう。
それでもあの子の体は限界だった。
この日、私が「逝っていいよ」と言ったのが伝わったのかもしれません。
解放されたあの子の顔はとっても安らかでした。
戌年を来月に控えた師走のある日の出来事でした。
次の日はいつもドライだった流石の父も仕事を休んでくれたので
家族3人で動物火葬場へ。
火葬場の人も非常に感じの良い男性でした。
骨を分けてもらおうかと思ったのですが
そういうのは良くない、と聞いたことがあったのでやめました。
何が「良くない」のか分かりませんでしたが
無事にあの子が天国へいけなくなると困るので。
この日も天気が良かったのですぐに天国へ行けたんじゃないかな。
涙は出たけど笑顔で手を振ってお別れできました。
気持ちのいい青空でした。
私たちは何もしてあげられなかったのに最期の最期まであの子は本当に良い子でした。
生前はあの子が死んだら気が狂うんじゃないか、引きこもりになるんじゃないか
なんて思ってましたが
自分でも不思議なくらい落ち着いてました。
それはあの子が私が実家に帰るまで頑張って待っててくれたから
最期の数日間、私に面倒を見させてくれたから
私の腕の中で逝ってくれたからかもしれません。
獣医さんに「老衰ですね」と言ってもらえたのも救いでした。
暫くあの子の小屋はそのままにしてあったのですが
数ヵ月後に実家へ帰ったら
小屋だったものに植木鉢が沢山置かれている。
もう本当に居ないんだな、と実感しました。
猫の額ほどのあの庭にあの子がチョロチョロしてる姿が無い。
私の人生の半分以上を共にした子で
うちは「犬の居る家」だと思ってたのに
「犬の居ない家」になってしまったのがとっても不思議。
あの子が居なくなったこと以外は何も変わらない生活、何も変わらない家。
私の生活にあの子だけ居ないのがとっても不思議。
実家に帰ったらまだ居る気がする。
門を開けたらいつもの様に笑顔で飛んで来てくれる気がする。
姿は犬だし私もあの子は犬だと思ってるけど
でも、あの子を可愛い、愛おしいと思う気持ちは犬だからじゃなくてあの子だったから。
無償の愛を初めて感じました。
私は犬が大好きですが、それはあの子が犬だったからかもしれません。
あの子が猫だったら猫が好きになってたかもしれません。
人見知りするし、他のワンコとは仲良く出来ないし、ご飯には意地汚いし
たまに夜鳴きしたし、お腹は見せてくれないし、お風呂大嫌いだから臭いし
散歩のときリードはすんごい引っ張るし、すぐ吠えるし
人様から見たらとても良い犬とは言えない子でしたが
それでも私たちにとっては一番でした。
あの子には申し訳ないことしかしてないのに
あの子は本当に良い子でした。
あまり家に居なかった私に一番懐いてくれてました。
最期、私の腕の中で逝ってくれたことに感謝してます。
産まれてきてくれてありがとう。
うちに来てくれてありがとう。
本当にありがとう。
本当にごめんね。
虹の橋で待っててね。
虹の橋
天国の、ほんの少し手前に「虹の橋」と呼ばれるところがあります。
この地上にいる誰かと愛しあっていた動物たちは、
死ぬと『虹の橋』へ行くのです。
そこには草地や丘があり、彼らはみんなで走り回って遊ぶのです。
たっぷりの食べ物と水、そして日の光に恵まれ、
彼らは暖かく快適に過ごしているのです。
病気だった子も年老いていた子も、みんな元気を取り戻し、
傷ついていたり不自由なからだになっていた子も、
元のからだを取り戻すのです。まるで過ぎた日の夢のように。
みんな幸せで満ち足りているけれど、ひとつだけ不満があるのです。
それは自分にとっての特別な誰かさん、残してきてしまった誰かさんが
ここにいない寂しさを感じているのです。
動物たちは、みんな一緒に走り回って遊んでいます。
でも、ある日その中の1匹が突然立ち止まり、遠くを見つめます。
その瞳はきらきら輝き、からだは喜びに小刻みに震えはじめます。
突然その子はみんなから離れ、緑の草の上を走りはじめます。
速く、それは速く、飛ぶように。あなたを見つけたのです。
あなたとあなたの友は、再会の喜びに固く抱きあいます。
そしてもう二度と離れたりはしないのです。
幸福のキスがあなたの顔に降りそそぎ、
あなたの両手は愛する動物を優しく愛撫します。
そしてあなたは、信頼にあふれる友の瞳をもう一度のぞき込むのです。
あなたの人生から長い間失われていたけれど、
その心からは一日たりとも消えたことのなかったその瞳を。
それからあなたたちは、一緒に「虹の橋」を渡っていくのです。
和訳:YORISUN 